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harutanaoki's blog

シンガポール在住 春田直樹の日記

「幼き日の胸騒ぎ」 ~全身をくねらせたA先生の体罰~

更新ペース上げたいなと思いつつ、ズルズルと遅い更新をしてきた当ブログ。

ふとした思い付きで、前回の記事の最後に(次回は10月13日に更新予定」と日付指定をしてみました。

 

効いとる・・・・・

我が貧弱な意志に効いとる・・!

 

とりあえず頭の中白紙のままですが、書き進めていきたいと思います。

ふと思い出しましたが、高知では答案用紙などが白紙の状態のことを、“しらった”と言います。

もう既に使われなくなってるかも知れませんが。

子供の頃先生に「おい春田、なに宿題“しらった”で出しよらぁ!(なに宿題を白紙で出してるんだ)」

などとよく怒鳴られたものです。

その頃は、最近世間を賑わせている“体罰”も日常的にありました。

そう言えば印象的な体罰が一つ・・・。

 

 

小学生の頃の私は結構な悪ガキでしたので、先生から常々マークされておりました。

確かその日は運動会の出し物である学年全体の踊りを、体育館で練習をしておったのです。

もちろん踊りといっても、ヒップホップとかじゃなくて、ソーラン節だったと思います。

 

数百人の生徒が真面目に振り付けを覚えている中、

私ともう一人の悪ガキはワザと変な振り付けにしてみたりして、ヘラヘラ笑っておりました。

ありがちな風景です。

 

そうこうしてると、壇上で振り付けを指導していた男のA先生が突然降りてきて、

鬼のようなが形相でズンズンと私の方に歩いてこられました。

別のクラスの担任の先生なので、普段はそこまで関わりは無いのですが、

マークされていることは感じておりました。

 

「あらま・・・。なんかヤバイ・・。」

なにか“覚悟”のようなものをその表情に感じたのを憶えています。

そして私のところに来るや否や、全力でビンタをぶち込んでこられました。

腕だけの「ピシャリッ!」というビンタではありません。

全体重をかけての、相手をKOせんとするようなビンタです。

それはむしろ教師のビンタというよりも、プロレスラーのそれに近いものでありました。

つまりあれです、「蝶野」のビンタです。

 

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しかし私、反射的に手でガードしてしまいました。

いや、ツッパリがやるような生意気な感じのガードではなく、本能的に身構えてしまったのです。

何と言っても僕の方を睨みながらガンガン歩いてきてからの、振りかぶってのビンタですから。

一発目も顔にはヒットしたのですが、反射的なガードによってダメージは70%ぐらいに減ってしまったでしょうか。

それが火に油を注ぐ形となり、今度はガードしている腕を無理やりこじ開けられ、

先ほどよりも更に大きく全身をくねらせての全力ビンタをぶちかまされました。

かくして計2発、特大ビンタを喰らったわけです。

 

その後はというと、気を取り直して真面目に振り付けをやるというより、あまりの急な出来事に

それこそ頭は“しらった”になっておりました。

もはや一体ナニ節を踊っているのかということすら、定かではありませんでした。

考えてみれば、数百人の生徒が固唾を呑んで見つめる中での「蝶野」です。

もし仮にその直後、全力でソーラン節を踊り始める小学生がいたとしたら、

それはそれで妙な不安を掻き立てられます。

「一旦保健室へ」という話にもなりかねない。

 

 

さてさて、その日の放課後です。A先生に呼び出されました。

A先生としても、いきなりブッ飛ばしただけではコミュニケーションとしてまずいだろう、

理由もちゃんと理解させねば、という大人の配慮だったと思います。

A先生のクラスに入っていくと、他の生徒はもう全員帰っており、マンツーマンの状態でありました。

 

「皆がちゃんとやってる中でふざけてたらダメだぞ。」

 といった一般的な内容から始まり、

「一人がちゃんと踊れなかったら、皆が本番で恥ずかしい思いをするんだからな。」

などと、真っ当な、ある意味小学校らしいお説教が続きました。

僕はただうつむいて、しおらしく話を聞いておりました。

反省の気持ちもありましたが、“それにしても口頭での注意も無しにいきなりだし、

全力過ぎなんじゃないのか・・”、と多少の不満を抱えていたのも事実です。

 

そうしておると、A先生は少し姿勢を崩されて、

「うん、まぁ最近ウチのクラスで、“A先生って俺らには厳しいけど、

他のクラスのやつには全然怒らないよね” みたいなこと言われててな。

俺としてもそこはキッチリ、うん、キッチリ示しを付けんといかんと思ってな。

今日はそういうアレもあったんだわ。うん。」

と仰りました。

 

え・・・・? ええええ!? 

それまでずっとうつむいていた私ですが、思わず目を上げてキョトンとしてしまいました。

“壇上から降りてグングン迫ってくるA先生、その後全身をくねらせての「蝶野」”の一連が、

グルグルと回想されました。

不思議な胸騒ぎが止まりません。

 

“つまりそれって・・・、

「今日のビンタについては、実際そこまでやる程のものではなかったけど、

自分のクラスの生徒が最近ヤーヤー言い出したのもあったから、

ここぞとばかりに全力でいかせてもらったんだわ。」ってことなのか?

そうか、だから個人的にちょっと引け目を感じて、こうしてフォローを・・・。”

 

いや、私は別にここで「ソーラン節」の一件に対する「恨み節」をかましておるわけではないのです。

この時まで私は、大人の行動にはカッチリとした立派な理由があるものと思っていたのです。

しかしこの時、身をもって悟りました。

 

「そういうわけでもない。」と。

「意外とその場の感じでやっちゃう。」と。

 

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今でもふと、この時の情景と妙な胸騒ぎを思い出すことがあります。

突如壇上から降りて、ズンズン向かって来るA先生。

あの覚悟に満ちた“表情”、その後の全身の“くねり”は、私に向けてのものではなく、

「見てろよ俺のクラスの生徒達!俺は他のクラスの生徒に対しても、平等に厳しいんだからなー!!」

と、自分のクラスの生徒に向けてのものであったのです。

 

ちなみにこの「蝶野」の一件は、親には言いませんでした。

仮に言ったとしても「そりゃ真面目に踊らんかったあんたが悪いわ」と一蹴されるのは明白であり、

ビンタのタイミング、力加減、背景などに関する不満には、1ミリも耳を傾けてくれないだろうと想像したからです。

 

逆に、真摯に耳を傾けられて

「確かに最初の原因がお前にあったとは言え、そんな全身をくねらせたビンタは不当だ!」

と学校にクレームでも入れていたら、私はどうなっていたのか。

 学年全員で行うソーラン節への参加は拒否、などといった結末になっていたのか。

その時、「みんなが踊るソーラン節」は、私の眼にどのように映るのだろう。

 

 

そんなわけで、社会、組織、人の輪につきまとう矛盾、理不尽、間違い・・・。

そういった逃れようのないものに対して過敏に反応することなく、

ソーラン節ぐらいのゆったりしたテンポで、明日からもいきたいな思うわけです。

とにかく早く釣りがしたい一心です。

 

それでは次回は10月20日に更新致します。

ごきげんよう!