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harutanaoki's blog

シンガポール在住 春田直樹の日記

「果実と収穫」 ~橋下発言の気になる行方~

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ども~

 

インドネシアから飛んでくる焼畑の煙 “ヘイズ” が日本でもニュースになっていると耳にしました。

もはや笑い事ではなくなってきております。

会社でもマスクが配られました。

(写真は昨日のもので、今日はだいぶ収まっておりますが)

シンガポール史上最悪レベルの濃度となり、畑だけでなく、両国の関係も“炎上”し始めたとか。

共に一刻も早い鎮火を祈ります。

 

そんな中、「(隣に住んでいるアイツはインドネシア人じゃないか・・)」、と思い出し、

「煙すごいよ!どうなってのよインドネシア~!」とけしかけてみました。

すると、

「いや~大変だよね~。参っちゃうよね~ハハーッ! うん、ところでさ、

後でマックス(中国人)と一緒に卓球しない!?」との答え。

ピンポン球のように丸い彼の顔からは、“黒煙”どころか、“曇り無き”笑顔がはね返ってきたのです。

 

「(長引くぞ、これは・・・)」とヘイズの雲行きに不安を憶えつつ、 

「オッケー・・、気が向いたらね・・」と濁した言葉を打ち返しておきました。

 

やはり、出来る限り外出は控えたいのであります。

そのためにも、スーパーに立ち寄って食料を買い込んで参りました。

 

巨大なパパイヤは柿のようにまろやかであり、山積みにされたマンゴーはあと一歩で

“クサい”域に達するほど香り高いのであります。

色とりどりの果物にスッポリと思考力を抜き取られ、気付けば果物ばかりを抱え込んで

レジに並んでおりました。

“朝のセレブリティ”か、あるいは“密林に潜む類人猿”のごとく、

週末は、主に"果実”を食しておりました。

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さてさて、“炎上”といえば橋下市長と水道橋博士の“プロレス的”バトル。

二つ前の日記で取り上げさせて頂きましたが、その後の行方が気になっております。

虚実入り混じるエンターテイメントとして興奮を覚えるも良し、

橋下発言が巻き起こした論争の行方に知的興奮を覚えるも良し。

今回の騒動は、個人的にそそられる要素満載なのであります。

  

ブログを書いた後、こんなラジオ音源を聴きました。

騒動直後の、青山繁晴さんとのトークが収録されています。 


2-青山繁晴•水道橋博士のニッポンを考えナイト 2013年6月16日 - YouTube

 

“助けを求めた水道橋博士が、逆にボコボコにされる・・”という記事から辿り着いたのですが、

個人的には水道橋博士に対する印象はさらに上昇してしまいました。

確かに一聴すると、“言い訳する水道橋博士”に、“容赦なくダメ出しをする青山さん”

というやりとりに映ります。

 

が・・・、この関係ってスバラシイじゃないかと。

水道橋博士は51才でありますが、ブログに書いた“暴走する若い才能”と

それを“諭し制御する大人”の関係とは、まさにこれなのであります。

こういう関係を築き、維持している水道橋博士はカッコイイと、素直に思います。

もちろん、青山さんも。

 

 

話は多少、飛躍しますが・・・

“上の世代との繋がりを意識し、そこから何かを得る”ということと、

“下の世代との繋がりを意識し、何かを与える”ということは、

そのままイコールなのではないかという気がしております。

違う言い方をすれば、“上の世代から与えられたものを正しく認識していないと、

下の世代に与える影響も、正しく認識できない”と。

 

ところが、戦後の日本人の歩みというのはあまりに急速で、あまりに激動過ぎたがために、

その辺りを冷静に見つめることが出来なかったのだと思います。

そのために、戦後の日本人は、“自らの(世代の)価値観だけ”に基づいて、

“自らの(世代の)メリットのみ”を追い求めてきた、と言っても過言ではないと思います。

 

つまり、「果実」だけを食べてきたのです。

どの「木」にたくさん「果実」が成るのかだけに、フォーカスしてきた。

"ほぼ団塊ジュニア”の僕もそういう中で生まれ、そうやって生きてきました。

 

しかし本来は、誰かが「土」を耕し、「木」を植える作業をしなくては、「果実」は成らないはずです。

そしてその作業をしたのは、明治・大正生まれの世代だった。

ところが、戦後のアメリカの占領政策が見事に機能したことと、

その後の発展があまりに急激だったことで、“植える作業”と“収穫する作業”が混同されてきた。

 

そこに、“持ち上げてはバッシング”を繰り返す”、今の風潮の根っこがあるように思います。

ホリエモン、朝青龍、亀田兄弟ときて、最近では民主党・・・、そしてお次が橋下市長なのでしょうか。

美味しい「果実」が成りそうだと言ってはその「木」を取り囲み、

出来の悪い「果実」を見つけるや否や、今度はその「木」を根元から切り落とそうとする。

 

 

こういった風潮も、震災をきっかけに、少しずつ変わりつつあるのではないかと思います。

このままじゃ何も生まれないことは、誰しもが感じていることと思います。

かといって、僕のような凡人に出来ることなど、現実的には殆どないのです。

ただ、凡人だと身に沁みているからこそ、有能な人には存分にその力を発揮してもらいたいという、

願いがあるのみです。

 

そんなことを言うと、

「最後は人任せかい!!」

と頭に来る方もいらっしゃるかも知れません。

 

しかし、それでもやはり、出来ることは限られているのです。

本日も読書などを楽しみつつ、美味しい“果実”をペロリと頂いてしまったのです。

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そう言えば、今回の一件に関して、こんなものも聴いてみました。

社会学者の宮台真司さんのラジオ音源です。

アメリカ軍の特殊性と、その背景と歴史。

男女混成軍のもう一つの存在理由について。

考えたことも無かったので、ウ~ンと唸りました。

 

“男女平等”は結構ですが、“社会進出”と“男女混浴”ぐらいまでにして、平和にやっていきたいものです。

さてさて、長くなりましたが、今日も読んで下さって有難うございました。

明日もヘイズで視界は悪そうですが、洗い立ての白いシャツを身に纏い、出社したいと思います。

それではまた次回・・・・・